植物病の潜伏期間に惑わされない予防剤の散布適期とは

北海道立総合研究機構 上川農業試験場
栢森 美如

はじめに

「予防剤は発病する前に散布しましょう」は聞きなれたフレーズだ。私もよく使う。しかし、これでは防除に失敗することがある。
北海道のタマネギ栽培を例に挙げると、生産者は次のように言う。「毎年7月初旬にべと病が発生する。発病する前にちゃんとマンゼブ剤を散布しているのに、おかしいではないか!今年は初発の3日前から散布している。マンゼブ剤では効かないということか?」
これは、べと病の潜伏期間に惑わされているのである。「予防的に散布」の本質をすこし掘り下げてみよう。

潜伏期間とは

新型コロナウイルス感染症で市民権を得た言葉のひとつに「潜伏期間」がある。感染してから発症するまでのタイムラグのことである。疫病菌のようにタイムラグのない病原菌もあるが、べと病菌の場合は1~2週間の長い潜伏期間があるのだ。タマネギべと病はカビ(卵菌、Peronospora destructor)(1)による植物病で、発病すると、草丈が低くなり、葉が湾曲し、黄色斑点を生じ、そこで折れて枯死し大きな被害をもたらす(2)。感染してしばらくは無症状なため、この間は健全植物と見分けがつかない。ここで問題にするべと病菌の「潜伏期間」とは、卵胞子による一次感染株に形成された菌が、タマネギに二次感染した際に、菌糸を伸ばして植物組織内で蔓延し、獲得した栄養をもとに新天地(健全苗や無病圃場)にむけ旅立つための胞子(分生子)を作る準備期間と、その後の降雨や朝露による結露などにより発病するまでの約2週間のことを言う。発病株は、大型の長卵形〜楕円形の黄色病斑を生じ、多湿時には霜状の胞子(分生子)が密生する。さらに、この胞子が新たな健全植物に急速に広がって感染・発病を繰り返すために大きな被害を招く。

予防剤と治療剤

予防剤、治療剤という言葉に本来、学術的な定義は無い。しかし一般的には、「予防剤」はマンゼブ水和剤に代表される浸透移行性のない殺菌剤で、植物を病原菌から保護する作用により防除効果をもたらす薬剤である。一方、「治療剤」は浸透移行性を有し、病原菌が植物組織内に侵入したあとでも殺菌効果を示す薬剤である。
殺菌剤は予防効果が中心で、まれに治療効果を有する剤も存在する。予防・治療の両作用をアピールしている剤もあるが、ほとんどの場合、治療効果は予防効果に劣る。また、治療効果があっても発病直後のみで、時間が経つと効果は期待できなくなる。ジャガイモ疫病の場合、治療効果はあっても発病後48時間までとする報告もある(3)。
予防剤の代表であるマンゼブ水和剤は病原菌が植物組織に侵入するのを防ぐ効果は高いが、いったん侵入してしまったあとは効果がない。これを理解して使えば優れた防除効果があるが、ひとつ散布のタイミングを間違えると「効果が甘い殺菌剤」とされてしまう。

見かけ上の残効期間と真の残効期間

殺菌剤を散布してから4週間目に病気が発生したとする。この場合、見かけ上の残効期間は「散布から発病までの期間」の4週間となる(図1)。しかし、この見かけ上の残効期間を散布間隔として判断すると防除に失敗してしまう。
予防剤は、「病原菌を感染させない」ことがその期待効果である。したがって、真の残効期間は「予防効果が継続している期間」ともいえる。つまり、病原菌の潜伏期間を考慮し、見かけ上の残効期間から潜伏期間を引いた予防効果の持続期間(=真の残効期間)を求めて散布間隔を定める必要がある。

「真の残効期間」=「見かけ上の残効期間」-「潜伏期間」

  • 図1. 農薬の見かけ上の残効期間

マンゼブ水和剤の散布適期

タマネギのベと病の登録薬剤のうち、予防剤(保護剤)は複数あるが、本試験ではマンゼブ水和剤を用いてタマネギべと病の接種試験を行い、散布適期を調べた(図2)。「感染前」の散布は防除効果が高かったが、感染後の発病前の期間(潜伏期間)と発病後ではほとんど効果が無かった(表)。

冒頭の生産者は初発3日前に散布したが、すでに感染していて潜伏期間中であったため、発病を抑えることができなかったのである。例年同じ時期に初発しており、その2週間前が感染時期と推測されるので、その前からマンゼブ水和剤の散布を始めたところ、べと病を抑えることに成功した(4)。なお、春植えのタマネギでは定植時期が早期化することに伴い、初発時期も早発する可能性がある。近年では、気象情報に基づき感染警報システムの導入が試みられており、薬剤散布回数を低減させる技術として期待できる(5)。
なお、予防剤(保護剤)は他にもマンジプロパミド水和剤があげられる。

  • 図2. タマネギべと病の接種試験の様子
    病原菌を接種したり、胞子を作らせて発病確認したりする際、湿度100%の箱に1晩密封するため、接種試験はポット植えの植物が用いられる(A)。感染が成立し、Bのように葉上に胞子が形成されると感染・発病が成立したと判断される(防除効果なしと判断)。
  • 表. タマネギべと病に対するマンゼブ水和剤の防除効果(ポット試験)

おわりに

「農薬が効かない!」と言い、耐性菌の発生を疑う前に、防除のタイミングを見直すと解決することがある。「初発前」ではなく「感染前」に着目して防除タイミングを考えてみてはいかがだろうか? 潜伏期間は植物×病原菌の組み合わせで変わるため、潜伏期間が不明な場合は植物医師®までご相談いただきたい。

引用文献

  1. 濱本宏(2023)「菌類病とはそもそも何か」i Plant 1(3).
  2. 佐賀県(2019)「タマネギベと病防除対策マニュアル」(2023年4月6日閲覧)
  3. 長崎県(2013)「ジャガイモ疫病菌感染後に散布した場合の各種薬剤の防除効果」
  4. 北海道(2015)「タマネギべと病に対する防除対策」
  5. 井手洋一・古田明子・柴田昇平(2022)「WRFモデル(Weather Research and Forecasting)を用いた感染警告システムの導入によるタマネギベと病の散布回数低減」日植病報88:78(講要).
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iPlant|ISSN 2758-5212 (online)