菌類病とはそもそも何か

法政大学 生命科学部
濱本 宏

はじめに

専門家が作成した国内に発生する微生物病のリスト(1)によると、作物など私たちの生活に有用な植物に発生する微生物病は約12,000あり、そのうちカビによるもの(菌類病)は約9,200、つまり約75%と大多数を占める。このリストは、重要な植物病もまれにしか発生しない植物病も対等にリストアップしたものであり、実際の発生数や被害額、つまり重要性においては、菌類病が際だっている。

菌類とは

植物医科学の教科書(2)には、「菌類は従属栄養(他の生物を栄養源として摂取すること)の真核生物(核が膜によって包まれている細胞からなる生物で、細菌などを除く生物)(3)で、いわゆるカビ(糸状菌)、キノコ、酵母などが含まれる」とある。その多くは枯れた植物や古くなった食品などから栄養を得て生活する(腐生生活)。しかし、なかには生きた植物から栄養を得て生活するものがある(寄生生活)。このような菌類を私たちは植物病原菌と呼んでおり、寄生した植物に生じるダメージを「植物病」と称している。ただ、「菌類とはそもそも何か?」と問われると、あまり明確な定義がない。

菌類を含む生物の分類体系

かつて菌類は「光合成をおこなわない植物」と定義されていた(4)。その後、1969年にホイッタカー(Robert Whittaker)が生物を5つに分類する説(生物5界説)を提案し、菌類を「栄養吸収する生物」として「菌界」にまとめた(5)。ネコブカビや卵菌は生物学的に異なるとして、同時期にマーギュリス(Lynn Margulis)の唱えた5界説では「原生生物界」に分類された。一方、遺伝子レベルの考え方にもとづいた新しい進化の考え方が主流になり、1992年、キャバリエ=スミス(Thomas Cavalier-Smith)により生物を8つに分類する説(8界説)が提唱され、植物病原菌は「原生動物界」、「クロミスタ界」、「菌界」に分けて分類された。さらに最近になると、国際学会(国際原生生物学会)により、新しい生物分類が提唱されており(6)。それによると菌界はむしろ動物に近いところに分類される(図1)。

  • 図1.植物病原菌類に関する分類の変遷
    複数の文献(4 – 6)の情報を抜粋して作成。図中の菌類の名称は、根こぶ病(アブラナ科野菜根こぶ病菌):Plasmodiophora brassicae、ジャガイモ疫病:Phytophthora infestans、ブドウべと病:Plasmopara viticola、イネばか苗病:Gibberella fujikuroi、ナシ・リンゴ赤星病:Gymnosporangium asiaticumGymnosporangium yamadae、トマトなどの萎凋病:Fusarium oxysporum、苗立枯病(各種植物の苗立枯病菌):Rhizoctonia solani、を表すが、たとえば2界説が提唱されたころにはまだこれら植物病原菌類の存在は明らかにはされておらず、便宜的に記入した箇所もある。細菌類は除いてある。

菌類はなぜ動物より植物に多くの病気を起こすのか

菌類の中には動物に病気を起こすものもあるが、その数は植物に病気を起こすものの方が圧倒的に多い。なぜ動物より植物なのか?それは最新の生物分類における「菌界」の位置が一つの可能性を示している(6)。菌類と動物はこの分類において互いに近い。また、それらの出現が植物よりも遅かったことが分かっている。つまり、あとから出現した菌類は、互いに進化途上にあった仲間である動物よりも、すでに繁栄していた植物から栄養を獲得する方が確実であったのかもしれない。

菌類はなぜ植物に病気を起こすようになったのか

では、そもそも菌類はなぜ植物に取りついて病気を起こすようになったのであろうか?あえて植物と戦わなくとも落ち葉や枯れ枝から栄養を獲得して生活する方が効率的であったと思われる。しかし、このような「腐生生活」は実は栄養奪取の競争が激しく、生き残るのは容易でなかったらしい。つまり、自身の個体数の増殖にあたっては、単細胞であるために短時間のうちに驚異的に分裂・増殖が可能な細菌に、到底かなわなかったのである。そこで、腐生生活する菌類の一部は、生き残る場所や手段を求めた結果、生きた植物から栄養を獲得し生活できるように進化した(寄生生活)とされるのである。ただの腐生菌のなかから、腐生だけでなく、環境変化に応じて寄生生活も可能になった菌類(条件的寄生菌)に一部が進化したのである。さらに近年の研究によって、腐生菌や条件的寄生菌からさらに進化したのが「絶対寄生菌」であることが示されている(6)。絶対寄生菌はそのゲノムサイズが一般的な菌類に比べて大きいにもかかわらず、腐生生活に必要ないくつかの遺伝子セットを持っていないことが明らかになった。その遺伝子セットの欠損により不自由になった分を生きた宿主から栄養獲得することによってまかなっていると考えられ、むしろ究極に進化した菌類ともいえる。
ゲノムの解読によって、想像もできないほど太古の時代に長い時間をかけて起きていたこのような菌類の進化が解き明かされてゆくと、そもそも「菌類病とは何か」という問いに対する答えが次々と提示される可能性があり、ロマンすら感じる。しかし一方で、科学の進歩によって生物分類や名称がたびたび変わるのも事実である。以前は正しかったことが、いまは通じなくなってしまうこともあるわけで、あまり厳密に教科書が変わると、現場が混乱する可能性がある。科学を利用する専門家側のセンスも問われることになる。

引用文献

  1. 農業生物資源ジーンバンク「日本植物病名データベース」(2023年3月13日閲覧)
  2. 難波成任 監修(2022)「植物医科学」養賢堂 544pp.
  3. フリー百科事典 ウィキペディア日本語版「真核生物」(2023年3月13日閲覧)
  4. 長野敬・牛木辰夫 監修(2009)「サイエンスビュー 生物総合資料 増補第四訂版」実教出版 214pp.
  5. フリー百科事典 ウィキペディア日本語版「五界説」(2023年3月13日閲覧)
  6. 日本植物病理学会 編著(2019)「植物たちの戦争 病原体との5億年サバイバルレース」ブルーバックス 264pp.
このページの先頭へ戻る
ISSN 2758-5212 (online)