藤川 貴史
はじめに
モモやナシには、赤褐色の樹液が漏れ出て樹勢が衰弱しやがて枯死する植物病が古くから全国で知られている。それぞれ、モモ急性枯死症、ナシさび色胴枯病と呼ばれている。近年、リンゴにも同様な植物病が発生するようになった。これらは以前、生理病と思われていたが、筆者らの研究により、現在では果樹胴枯細菌病と呼ばれている。本稿では、この植物病はいかなるものかを紹介し、その診断のツボについて解説したい。
果樹胴枯細菌病菌について
モモ急性枯死症、ナシさび色胴枯病は古くから知られ、いずれからも植物病原細菌の一つである細菌が分離されていた(1, 2)。ただ、モモ急性枯死症ではコッホの原則に従った病徴の再現ができておらず、ナシさび色胴枯病でも病徴の再現に成功した例が少なかったのである。このためErwinia chrysanthemi がこれらの原因菌であると結論づけられていなかった。そこで私たちは、これらの植物病について丁寧に調べた結果、モモ急性枯死症、ナシさび色胴枯病、リンゴ急性衰弱症のそれぞれからDickeya dadantii と言う名の細菌を分離し、それぞれもとの植物病を再現することに成功した。この結果にもとづき、3つの植物病をまとめて、「果樹胴枯細菌病」と名づけた(1)。その後、Dickeya fangzhongdai も本植物病の原因細菌であることを突き止めた(3)。両細菌とももともと野菜類軟腐病菌の一種として全国でその発生が知られている(4)。ハクサイ、キャベツ、レタス、ネギ、サツマイモ等々様々な野菜を栽培する圃場で本細菌が感染すると、野菜が軟腐症状になり、大変な異臭を放つ。ところが、リンゴ、モモ、ナシの発生園地においては、こうした異臭は無く、むしろ発病初期には甘酸っぱいアルコール臭が感じられる。本細菌はリンゴ、モモ、ナシに軟腐症状は引き起こさず、異なるかたちで発病していると考えている。
果樹胴枯細菌病の病徴
本植物病の果樹における特徴は前述のように、突然赤い樹液を漏出(ろうしゅつ)して枯死することにある(図1)。モモでは幹の高い部位や主枝からも樹液が漏出し、発病直後には血が滴(したた)っているように見える。リンゴでは主に台木部分で樹液漏出が起き、ナシでは主幹から樹液が垂れてくる。あたかも果樹が出血しているように見えることから、農家の人々は非常に心配する。ちなみに中国ではナシの本植物病の病名を「Bleeding canker(出血性潰瘍病)」と呼んでいる。
樹液漏出後すぐに樹体が枯死せずに生きている場合、樹液漏出したところは幹や枝に黒褐色の筋として残る。しかし、この場合、漏出した樹液の糖やアミノ酸を求めて昆虫が集まったり、穿孔性の害虫が侵入したり、糸状菌の胞子が付着し菌糸を伸ばすことによって様々な糸状菌の感染を許すことが多く、複合的な病虫害に侵されやすい。このためこのような幹や枝の樹皮を見ただけでは胴枯細菌病に気付くことは難しい。
樹液漏出以外の病徴としては葉の矮化(わいか)や落葉が目立つ。モモではほぼ全ての葉が落葉することも珍しくない。ナシやリンゴでも落葉が顕著だが、葉が残っているような場合でも、葉が矮化していたり葉色が悪かったりするなど異常には気づきやすい。
果樹胴枯細菌病の診断
果樹胴枯細菌病の診断ポイントとしては前述の病徴確認が主であり、さらに発病部位から病原菌を分離・同定することや、樹体の組織観察を行うこともある。しかしながら現場ではそれ以外の状況証拠を確認することも重要であり、ここでは簡易診断について説明する。
(1) 樹皮内側のニオイと色
すでに述べたように、胴枯細菌病発病初期の樹体からは甘い発酵臭が感じられる。この臭いは発病直後の園地に入ると気づくこともある。また、発病樹の樹液漏出が見られる樹皮をナイフ等で剥(は)いで樹皮内側(維管束部分)を嗅ぐと健全樹との違いがよくわかる。さらに、樹皮を剥いだ時に維管束が赤くなっている場合には(健全であれば緑白色)胴枯細菌病菌に感染している可能性が高い(ただし他の植物病の場合にも維管束が褐変していることがある)(図2A)。なお、胴枯細菌病発病直後であれば樹皮の切れ目や、幹を切断した時の切断面から甘いアルコール臭と共に大量の泡が発生している。これは病原細菌の作用によって樹体内で発酵が進み、アルコールと二酸化炭素が発生するためである。
(2) 土壌の排水性
胴枯細菌病の発生に大きく関わる環境として土壌の排水不良がある。発生園地の多くは水田転換畑や近くに貯水池や川がある窪地である。また明渠(めいきょ)や暗渠を導入していても経年劣化して排水不良となっていると発生が多い。こうした排水不良の園地では少し土を掘ると湿った土が出てくる(図2B)。本病樹の地下を調べると、細根の周りでも粘土が多く、また青灰色のグライ土が見られることも多い。つまり長年に亘って水はけが悪いため、土壌が還元的になっており、嫌気条件でも生息できる本細菌にとっては宿主植物に侵入しやすい条件といえる。
(3) 地下部及び地際部の様子
本細菌は土壌中に生息しているが、実際には園地雑草に無病徴感染している。このため果樹園はほぼ永続的に生息できる環境である。本細菌は果樹の内部へ根から侵入したり、地際の台木と穂木の接ぎ目部分から侵入したりする。このため、感染樹では根の樹皮が赤くなっているものや(図2C)、台木と穂木の接ぎ目が腐敗しているもの(とくにリンゴ)がある。
(4) その他
本病害は凍害や生理病、他の病虫害と混同されていることも多いので注意が必要である。胴枯病やリンゴ腐らん病、白紋羽病、紫紋羽病等と誤診することもある。コスカシバやカミキリ等によって幹に傷がついて樹液が出ていることもある。したがって診断は慎重に行う必要がある。
さいごに
今回紹介した診断のポイントは簡易的に行えるものであるが、果樹胴枯細菌病と断定するのは難しいかもしれない。特に発病して時間を経てしまうと樹液漏出の痕もわかりにくく、ただ枯れた樹があるだけという場面も多い。またナシやリンゴでは突然死することなく、樹液漏出しながらも生き続けている樹もある。このためなるべく園地の樹を頻繁に調査することが早期発見に繋がる。現時点では本病害に有効な薬剤等は無く治療や予防の決定打は無い。しかしながら、園地環境を改善しつつ総合防除を行う対策も立ちつつある。追って紹介したい。
用語解説
コッホの原則:ある病気が特定の病原体によって引き起こされることを証明するためのルール。まず、病気にかかっている植物から特定の病原体を分離・培養した後、培養した病原体を健康な植物に人工的に感染させ、同じ病気が発症するかを観察する。最後に、その病気になった植物から、再び病原体が分離されれば、その病原体が病気の原因であると証明できる。
グライ土:地下水の影響を強く受ける土壌の一種で、長期間にわたって水に浸かりやすい環境にあるのが特徴。主に湿地や低地など、水はけが悪い場所に形成される。この土壌は酸素が不足しがちなため、土の中の鉄分が還元され、青みがかった灰色や青灰色を帯びた特徴的な色を示す。また、乾燥すると酸化が進み、一部に赤や黄褐色の斑点(酸化鉄の沈着)が見られることもある。農業においては、水はけの悪さが問題となりやすく、作物を育てるには排水対策が必要になることが多い。
引用文献
- 藤川貴史(2020)「植物病原細菌Dickeya dadantiiは果樹急性枯死症状を引き起こす」植物防疫 74:442-447.
- 桐野菜美子ら(2024)「モモ胴枯細菌病(急性枯死症)の発生要因の解明と対策技術開発の試み」土壌伝染病談話会レポート 31:29-36.
- 藤川貴史ら(2024)「Dickeya fangzhongdaiによるナシ胴枯細菌病の発生(病原追加)」日本植物病理学会報 90(3):206.
- 若山健二(2023)「収穫後も悩まされる軟腐病と微生物農薬」i Plant 1(3).