ムギ類赤かび病の防除とかび毒汚染の回避

株式会社クレハ中央研究所
竪石 秀明

はじめに

赤かび病(図1,2)は数種のかびによって起こされるムギ類の重要病害で、収量の減少ばかりでなく、病原菌が生産するかび毒(DON、NIVなど)による汚染を起こす。かび毒に汚染された食品を摂取すると健康被害が起こる恐れがあり、コムギでは1 kgあたりDONが1.0 mg(1.0 ppm)以上検出された場合は食品衛生法により流通が禁止される。以上のことから、赤かび病の防除は安全で市場価値のあるムギ類を生産するうえで重要である(1,2,3,4)。しかし、ムギ類赤かび病の発病程度と穀粒中に蓄積されるマイコトキシン濃度との間には必ずしも相関性がないことがわかっている(5)。そのため、両者に対する薬剤の散布適期は異なる場合がある。そこでコムギの圃場試験において防除薬剤(メトコナゾール剤)の散布時期と回数の違いによる赤かび病の病徴の抑制と穀粒中のDON濃度の関連について紹介する。かび毒の効果的な抑制に向けた赤かび病防除の参考になれば幸いである。

  • 図1. コムギ赤かび病の発病穂
  • 図2. 赤かび病被害粒(無処理区)と薬剤防除区(メトコナゾール剤処理区)の穀粒 
    被害粒は赤籾と呼ばれているが、実際には白っぽく見える。

病原菌の感染時期

コムギ赤かび病の病原菌は主として開花期間に感染することが知られており、この時の高温(20℃前後)と多湿・多雨条件が発病を助長する。それゆえこの期間に防除薬剤を散布することが有効な防除手段である。図3はコムギ赤かび病が多発した時の気候条件の推移である。開花期付近に6月後半と同様に温暖な気温と頻繁な降雨があり、感染・発病を助長している。なお、コムギにおいては赤かび病に比較的罹りにくい品種は知られているが、抵抗性品種は開発されていない。また、オオムギでは閉花性の品種は赤かび病に抵抗性である。

  • 図3. コムギ赤かび病が多発した年の5~7月の気温・降雨の推移
    気温の推移をわかりやすくするため20℃と15℃に横線を入れている。

薬剤の散布適期

供試した防除薬剤のメトコナゾール(6)は、ムギ類赤かび病に対して高い防除効果を示すと共に、かび毒抑制効果が報告されている。秋播きコムギ(農林61号)の圃場において開花期4日後から31日後(枯熟期)までメトコナゾール剤の散布時期を変えて1回散布区と2回散布区を設け、赤かび病防除効果と収穫穀粒中のDON濃度を調べた。
1回散布区(図4)における発病指数は、開花期4日後の散布時期が最も小さく、開花期から散布時期が遅くなるにつれて増加する傾向にあった。2回散布区(図5)では、1回目の散布を開花期4日後に設定し、その後のいずれかの時期に2回目の散布時期を設定した。その結果、いずれの組み合わせでも、発病指数は開花期4日後に1回だけ散布した場合と同程度であった。一方で、穀粒中のDON濃度に関しては、1回散布区(図4)では、開花期4日後の散布と比べて、10日後や17日後の散布で低く、開花期25日以降の散布では高かった。この傾向は2回散布区(図5)でも同様であった。なお、この試験で薬剤無処理区の穀粒中のDON濃度は1.9 ppmであった。
これらの結果は、赤かび病の病徴抑制に最適な防除薬剤の散布時期と、穀粒中のDON濃度抑制に最適な散布時期は異なる場合があることを示している。病徴の抑制には開花期4日後 (開花盛期) 頃の散布が、かび毒の抑制には開花期17日後(乳熟期) 頃の散布が最適であることが推察される(7,8,9)。

  • 図4. メトコナゾール散布時期が赤かび病発病とDON濃度に与える影響(1回散布)
    発病指数は穂がすべて発病している場合を100として調査したもの。DONの基準値1.0 ppmに横点線を入れてある。図5も同様。
  • 図5.メトコナゾール散布時期が赤かび病発病とDON濃度に与える影響(2回散布)

おわりに

赤かび病の発生は開花期付近の気象条件に左右されるため、発病を安定的に抑止するためには開花期の薬剤散布が重要であり、気候条件などから多発生が予想される場合は開花終期以降に2回目の散布を実施すると効果的である。かび毒の蓄積を効果的に防ぐためには、乳熟期に2回目の追加散布を加えることが望ましい。また、栽培期間外に実施できる対策として、前作残渣の除去や輪作などの耕種的防除も有効である。適期の防除により収穫の安定やかび毒の低減、ひいては食の安全の確保につながると考えられる。

引用文献

  1. 須賀晴久(2006)「ムギ類赤かび病菌における近年の研究動向」 日本植物病理学会報 72: 121-134.
  2. 中島 隆・吉田めぐみ(2007)「西日本におけるムギ類赤かび病菌Fusarium graminearum種複合体のかび毒産生能と病原力」 日本植物病理学会報 73: 106-111.
  3. 栢森美如(2023)「無農薬の小麦はほんとうに安全!? ~かび毒検査でリスクを回避しよう~」 
  4. 竹良 実 「植物病理学は明日の君を願う2」 小学館
  5. 吉田めぐみ・中島 隆(2012)「大麦および小麦の赤かび病かび毒蓄積特性に基づいた薬剤散布適期の解明」 マイコトキシン 62: 19-27.
  6. 熊沢 智・伊藤篤史・最勝寺俊英・中馬 寛(2000)「殺菌剤イプコナゾールおよびメトコナゾールの開発」 日本農薬学会誌 25: 321-331.
  7. 竪石秀明・三宅泰司・佐久間米子・最勝寺俊英(2012)「メトコナゾールの散布時期と、オオムギ赤かび病に対する防除効果および穀粒中のマイコトキシン濃度の関係」 日本植物病理学会報 78: 241. 
  8. 竪石秀明・森 勝・三宅泰司・佐久間米子・最勝寺俊英・鳥海政一(2009)「メトコナゾールの散布時期とコムギ赤かび病防除効果、および穀粒中のマイコトキシン濃度の抑制」 第34回日本農薬学会大会講演要旨p87.
  9. 竪石秀明・三宅泰司・森 勝・佐久間米子・最勝寺俊英(2014)「コムギおよびオオムギにおけるメトコナゾールの散布時期が赤かび病防除効果と穀粒中のマイコトキシン濃度に及ぼす影響」Journal of Pesticide Science 39: 1-6.
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iPlant|ISSN 2758-5212 (online)