無農薬の小麦はほんとうに安全!? ~かび毒検査でリスクを回避しよう~

植物医師
栢森 美如*

はじめに

カビが産生する抗生物質は人類にとって有用なものもあるが、有害な物質も知られている。カビが産生する人畜に健康被害を及ぼす物質を総称して、かび毒(マイコトキシン)とよぶ。戦後の食糧難の時代には赤かび病に汚染された輸入小麦から作られたうどん、すいとんで食中毒が発生した。こうした背景から1955年に農産物検査規格に赤かび病の項目が追加され、2003年より赤かび病に罹病した小麦子実(赤かび粒)の混入許容率は1000粒当たり1粒未満に引き下げられた。生産現場でも、赤かび病の防除技術の開発、普及がなされ、出荷時にはかび毒の自主検査を行う体制となった。その努力の結果、かび毒による食中毒の発生はほぼ聞かなくなり、消費者が知らない間にかび毒は制御されている。2023年11月、規制値を超えるかび毒が検出され、小麦および小麦粉製品を自主回収するというニュースが報じられ、改めてかび毒検査の重要性と必要性が周知されることになった。農協など農産物の取扱量が多い流通を用いて出荷される場合は、自主検査が行われ安全な小麦が供給されるようになったが、こうしたチェック体制から漏れてしまうのが有機栽培や無農薬栽培された小麦である。食の安全、安心を提供するために有機栽培や無農薬栽培の小麦が生産、販売されているが、小麦を扱う生産者、加工業者、消費者に知識がないと、かび毒に汚染された小麦製品が市場に提供されてしまいかねない。

JA全農岩手の事案は、小麦栽培時には農薬防除が行われ、集荷時にはかび毒検査が実施されており、基準値超過となった原因については2023年12月現在調査中である。

かび毒とは

いろいろなかび毒(1)が知られているが、日本の小麦において汚染リスクが高いかび毒はデオキシニバレノール(DON)およびニバレノール(NIV)である。食品衛生法では基準値がDONのみに設定されており、DON単体による検査が多い実態である。
【デオキシニバレノール(DON)】
急性毒性としては消化器系、血管系に毒性を示し、嘔吐を誘発する。慢性毒性としては免疫系への影響がわかっている。赤かび病の病原菌であるFusarium graminearum(フザリウム・グラミネアラム)によって産生され、日本の穀類汚染の主体となっている。
【ニバレノール(NIV)】
かび毒による中毒症状はDONと同様だが、DONと比較して急性毒性が強い。国内での汚染実態が少ないため規制値は設定されていないが、西日本を中心にNIV産生菌が分布する。

かび毒を減らす方法

小麦のかび毒を減らすためには、まず赤かび病の発生を抑えることが重要である。赤かび病(図1)は、小麦の開花期に感染しやすい病気であり、日本では梅雨の時期と重なることから罹患するリスクが高まる。
赤かび病を防ぐためには、化学合成農薬を使用するのが効果的である(2,3)。ただし、有機栽培で使用できる銅剤などの農薬は赤かび病の防除効果が不十分であり、かび毒の低減効果も限定的である。そのため、有機栽培や無農薬栽培では赤かび病の発生を抑えることは難しく、調整工程で除去するか(4,5)、かび毒検査で安全性を確認する必要がある。
赤かび病に感染すると、小麦の粒が赤く着色し、全体に白からピンク色の菌糸が広がる(図2)。感染が進むと、粒の比重が軽くなるため、風選と呼ばれる工程で除去できる。しかし、感染が軽度の場合でも小麦粒にかび毒が蓄積されていることもあり、このような小麦粒が混入してしまうと風選では除去が難しい。しかし、かび毒検査を行うことで、製品が汚染されているかどうかを判断することができる。

  • 図1. コムギ赤かび病が発生したコムギの穂(竪石秀明原図)
  • 図2. 赤かび粒(白~ピンク)が混入したコムギ子実(黄色矢印)

かび毒検査について

かび毒は自主検査とされている。農協や研究機関など大規模な組織では検査キットを使用する場合がある。ただし、小規模な事業者では点数が限られているため、1点あたりの検査費用が高くなることがある。また、一部の検査キットには高価な機器が必要な場合もあるため、検査機関に委託することで検査費用を抑えることができる。
検査は、調整(選別)後の小麦粒を用いて検査機関で実施される。インターネットで【かび毒分析】と検索すると、検査を受け付けている機関が表示される。検査機関によって異なるが、デオキシニバレノール(DON)の検査には、約2万円の費用と2週間前後の所要期間がかかる。また、必要なサンプル量は製粉前の小麦粒で100g以上と設定されていることが多く、サンプルは小麦粒が均質に混ざった状態で採取するか、複数箇所から採取することになる。検体量が多く均質なサンプル採取が難しい場合は、複数サンプルに分け採取する。検査証明書が検査終了後に発行されるが、検査結果の詳細は各検査機関に事前に確認する必要がある。
かび毒検査は費用がかかるが、安全性を確保するためには唯一の手段であるため、必要経費として販売価格を設定するべきである。また、有機栽培や無農薬栽培の小麦を求める消費者には、安全のためのコストであることを理解してもらう必要がある。

おわりに

安全・安心を求める消費者が、かび毒検査が実施された安全な小麦粉を購入できるようになることで、本当の意味での安全・安心を提供することが可能になる。現状では、インターネット通販やオーガニック取扱店でも、かび毒検査の有無を確認することがほとんどできない。そもそもかび毒の存在やかび毒検査を知らないことが多い。有機栽培や無農薬栽培された小麦製品は一般の店頭では簡単には入手できずに直接販売が主流となっている。直接販売をするのであれば、店頭での説明や、ポップなどで「検査済み」あるいは「基準値(1ppm)以下」の掲示をする必要がある。
有機栽培の小麦でかび毒による汚染事例が発生すれば、有機農業全体の信頼性が損なわれる可能性がある。そのため、かび毒の存在を広く周知し、検査済みの小麦製品が入手可能な社会を実現することが望まれる。

*道総研上川農業試験場

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ISSN 2758-5212 (online)