GAPを巡るこれまでの情勢と“ボタンの掛け違い”

植物医師
今瀧 博文

はじめに

「GAP」とは、農業生産をおこなうにあたって、本来あるべき持続可能な農業を達成するための原則のことである。もともとは、Good Agricultural Practicesという英語の頭文字を取ってGAPと呼んでいるが、行政的用語としては、現在「農業生産工程管理」という難しい名称とされている。ただ、GAPの取り組みが農業現場で議論されるようになったのは15年以上も前のことである。ここでは、GAPとはそもそも何かについて論じてみたい。

GAPとは

GAPとはどう訳すべきかについて、インターネットで検索すると、2007年に(一社)日本施設園芸協会が東京と大阪の二ヵ所でシンポジウムを開催し、農業生産者、卸売市場、食品事業者、消費者の立場から「GAP」をどう普及させていくかについて、事例を交えつつ議論された記録があり、この中に、GAPとは「適正農業規範」のことである、と説明されている(1)。
ところがその後、残念なことに、この日本語が定着することはなく、GAPに関して様々な解釈が行われ、行政による指導も錯綜することとなった。その結果、Good Agricultural Practicesという用語が、それぞれの立場の人々によって、色々な意味を盛り込まれて語られるようになってしまったのである。
農業の適正な実践規範、つまりこうあるべきという農業の姿を達成するための原則が明確に定められないまま、これまで「良い(優れた)農業のやり方」とか、「基礎GAP」、「高度なGAP」、「GAPをする」、「GAPを取る」などと表現を変えて「具体的な取り組み項目」に焦点が当てられ、この15年間議論され続けてきたわけである。農林水産省は当時、「適正農業規範」は生産者にとって難しい表現であり理解されにくい、と説明していたが、結局「農業生産工程管理」という、別の難しい表現になって、今に至っている。
農林水産省のウェブサイトでは、「GAPとは、農産物(食品)の安全を確保し、より良い農業経営を実現するために(行われる)、農業生産において、食品安全だけでなく、環境保全、労働安全等の持続可能性を確保するための生産工程管理の取組です。」と説明されている(2)。非常に長くてわかりにくい説明である。では、GAPを実践していない農業者は、持続可能性のある食品安全、環境保全、労働安全を考慮して農業生産を行っていないことになるのか?と考えてみれば、この説明には無理があることがわかる。ちなみにFAO(国際農業食料機関)では、GAPとは、「農業生産の環境的、経済的及び社会的な持続性に向けた取組であり、結果として安全で品質の良い食用及び非食用の農産物をもたらすものである。」としている。
つまり、農業のめざすべき理想や、あるべき姿がまず提示され、次にそれを実現するための取り組みについて議論されるべきであると考えれば、GAPの意味合いはわりと明確になってくる。
即ち、本来は図1(3)にあるように三段階の構造でGAPは語られるべきである。しかし、わが国では三段階目のチェックリスト、若しくはそのチェックリストの元となる管理点とチェックリストを合わせたものがGAPであると考えられている。これらはGAPではなく、GAP認証制度そのものである。

  • 図1. GAPの構造
    文献3より転載。

ボタンの掛け違い

わが国では、GAPが実践されていることの証明である認証制度ばかりに注目が集まってしまったため、農業現場で混乱をきたしてしまったのである。たとえば、農林水産省のウェブサイトではGood(グッド)な取組という表現があるが、Goodとはどういう意味だろうか。Goodという本来の意味は、「優れている」というよりは「適正である」に近い。英語の通信簿でGoodと言えば、秀・優・良・可・不可で言う良であり、最低限のことはできている、くらいの意味合いである。それでは、これまでのわが国の農業はGoodではないのでGood を目指さなくてはならないのだろうか?また近年、「国際水準GAP」の取組が奨励されるようになったが、わが国の食の安全はこれまで国際水準ではなかったのだろうか?更には、「日本発信GAP」という表現があるが、適正な農業生産の取組は国別に異なるものなのだろうか?
このような混乱が生じた原因は、やはり最初にわが国の農業規範をしっかりと定義せず、GAP認証制度だけに注目が集まってしまったことにも一因がある。最初からボタンの掛け違いが起きて、そのまま15年間続いていることになる。

国際標準化戦略とGAP

GAPに関するボタンの掛け違いに影響を与えたと考えられるのが、2010年頃から盛んに議論された国際標準化戦略である。工業製品の国際標準規格のように、農業産品分野でも規格や品質に関わる標準規格を他国に先んじて作った方が、その分野で有利な立場となるという誤解と、農産物の輸出を促進したい(4)という行政の思惑が合致して、「GAP認証制度を日本でも発信すべき」となったのである。
当時、既に欧米で定着していたGAP認証制度があったので、日本を含むアジアのスタンダードは日本が発信し、日本産農産物の市場価値を高めようという考え方である。しかし、GAPの本質が食品安全であることを考えれば、農産物の安全性に日本レベル、欧米レベルがあるはずがない。日本人にとっては安全でも欧米各国では安全かどうかという議論をしているのではない。またGAPの世界では、どれか一つの基準が実質的な標準(デファクトスタンダード)として機能しているわけではない。多くのGAP認証がそれぞれの国の中でも複数あり、全体として共存し調和しており、国際標準化戦略にはなじまないのである。
今や農産物が国境を越え頻繁に取引されるため、その中で共通の取引基準として使われる認証制度は確かに昔から存在している。しかしその上に新しい基準を今頃になって開発することは同じようなものをいくつも作ることになり、あまり意味がない。農産物の輸出入に関する規制においては、植物検疫や農薬の作物残留レベルの規制という政府間の取り決めや管理があり、それに合格して初めて、民間同士の取引基準としてのGAP認証が意味をもってくる。それゆえ民間の取引基準に国が関与することは、普通はあり得ない。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の食材調達基準でも、どれか一つを優先するのではなく複数のGAP認証や食品安全認証が推奨されることとなった事例がそれを物語っている(5)。
では、GAPの取組は具体的にどう行われており、今後どうするべきなのかについては、あらためて別の稿で解説したい。

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iPlant|ISSN 2758-5212 (online)