気づいた時にはもう遅い!潜伏感染するイチゴ炭疽病菌

龍谷大学農学部
平山 喜彦

はじめに

日本のイチゴは高品質で食味がよく、海外でも高い評価を受けている。しかし現在栽培されている品種の多くは病気に弱い。なかでもイチゴ炭疽病は最後には苗が枯れてしまうため被害が大きい。炭疽病の病原菌は低温期にはイチゴ苗に潜伏していて、いったん症状が治まったように見えるが(これを「潜伏感染」という)、春になり暖かくなると病原菌がふたたび活動を始めて症状が激化する。本菌の強い病原性に加えて、この潜伏感染という特性が被害を拡大させる一因となっている。

イチゴ炭疽病の発病

イチゴ炭疽病はカビ(糸状菌、Colletotrichum fructicolaなど)によっておこる。高温多湿を好み6〜9月のイチゴ育苗期に発生が多くなる(1)。本病は葉、葉柄、クラウンなどあらゆる部位で発病し、その後株全体に広がり、最終的に株が枯れる(図1)。発病した部位では大量の胞子を形成し、そこに雨や頭上かん水などの水滴が当たると、その跳ね返りによって周辺苗に胞子が飛散し被害が拡大する。本圃での発病の多くは、育苗圃からの汚染苗の持ち込みが原因である。その症状は育苗期と異なり萎凋症状となることが多く、施設を保温・加温するため定植後から年内にかけて発生する。

  • 図1.イチゴ炭疽病の症状
    A.葉での薄墨色の初期病斑
    B.葉柄での病斑
    C.クラウン断面の褐変
    D.本圃での萎凋症状
    E.本圃での炭疽病による欠株

イチゴ苗における潜伏感染

露地では10月以降、いったん症状が現れなくなり、苗のクラウンや葉で潜伏する。潜伏した炭疽病菌は氷点下でもイチゴ苗に感染したまま越冬する(2)。親苗用のイチゴ苗は、休眠を打破させるため冬に低温処理するが、この時期に潜伏感染した親苗が流通し、発生が広がる。そのため栄養繁殖性のイチゴでは、潜伏感染した親苗がおもな第一次伝染源となる。本病が発病した苗は殺菌剤を処理しても回復する見込みがないため、廃棄することになる。

雑草にも潜伏感染し伝染源となる

イチゴ炭疽病菌はイチゴだけでなく雑草にも感染する。確認されているだけでも、イヌビユ、セイタカアワダチソウ、メヒシバ、ヒメジョオン、ノゲシなどの畑地雑草がある(3)。このうち発病するのはイヌビユのみで、褐点症状を呈し、イチゴとは症状が異なる(図2)。その他の雑草では潜伏感染するが、炭疽病菌の増殖に好都合な条件であっても症状は現れない。潜伏感染した炭疽病菌は主に菌糸の状態で生活しており、胞子はほとんど形成されないため、近くにイチゴが栽培されていても感染するリスクは低い。しかし、雑草管理のため除草剤を処理し雑草を枯らすと、潜伏していた炭疽病菌は枯れた雑草から栄養分を摂取して活動が活発になり、一転して大量の胞子を形成する(3)。その結果、潜伏感染していた雑草からイチゴへ胞子が飛散し発病する。このように炭疽病菌は、自己の生存のために巧妙に宿主を乗り替える戦略をとれるものが生き残ってきたと考えることもでき、イチゴ以外の植物も条件によっては伝染源となるのでとくに注意が必要である。そのため毎年炭疽病で困っている場合には、除草剤を使わず、防草シートの設置で被害を軽減できる可能性がある。

  • 図2.雑草への感染と胞子形成
    A.イチゴ育苗圃での雑草
    B.雑草(イヌビユ)からの炭疽病菌の検出
    C.イヌビユの褐点症状
    D.雑草枯死後の胞子形成

潜伏感染苗による被害を防ぐには?

イチゴ炭疽病は被害が大きい病気であるが、病原菌の特性を知り適切な対策をとれば抑えることができる。最も重要なことは病原菌を持ち込まないことで、親苗の感染検査が有効である。感染苗の検査法として、イチゴ葉に形成した胞子塊を肉眼で観察するエタノール簡易浸漬法(4)や、炭疽病菌検出用プライマーを用いたPCR法(5)がある。エタノール簡易浸漬法は判定に約3週間かかるが、植物医師®など培養設備を持っている環境があれば検査できる。本法をさらに簡便化した検査法(6)も開発されており、取り扱いには注意する必要があるが、生産者自身でも確認できるようになった。なお親苗を購入する場合には、購入先のイチゴ苗の栽培管理や検査の状況なども確認することをお勧めする。身近な植物医師®に相談するとよい。栽培管理の工夫で被害を防ぐためには、雨よけや底面給水、点滴かん水をするなど、炭疽病菌の雨滴伝搬を抑制する方法も有効である。薬剤散布も有効だが、感染後に殺菌剤を処理しても効果が劣るため、プロピネブ水和剤やマンゼブ水和剤などの保護殺菌剤による予防散布をお勧めする(7)。もし発病株が確認された場合には、発病苗だけでなく周辺株も含めて廃棄し二次伝染を防ぐ。発病が広範囲に及んでいる場合には、栽培終了まで廃棄する部分を苗ごとビニールシートで覆っておくと、栽培中の廃棄作業による病気の蔓延も防ぐことができる(図3)。

  • 図3.防除対策
    A.エタノール簡易浸漬法でイチゴ葉に形成された胞子塊
    B.炭疽病拡大防止のためのビニール被覆
このページの先頭へ戻る
iPlant|ISSN 2758-5212 (online)