弱毒をもって毒を制す −植物ワクチンの利用−

東京大学 農学部
金川 明仁
東京大学 大学院農学生命科学研究科
岩渕 望・前島 健作*
*責任著者

はじめに

ヒトやペット、家畜などに行われる予防接種と同様に、植物でも「植物ワクチン」を利用したウイルス病の予防接種が行われている。植物ウイルスによる被害は国内でも年間1,000億円を超えるとされる(1)が、ウイルスに対して有効かつ安価な化学農薬は現在のところ開発されていない(2)。そのため抵抗性品種の利用や媒介生物の防除が主な対策として行われている。加えて有効な対策の一つが植物ワクチンの利用である。

植物ワクチンとは

植物ワクチンの正体は、病原性が非常に弱く被害を出さない弱毒系統のウイルスである。植物では、あるウイルスにあらかじめ感染している細胞が近縁なウイルスの感染を受けにくくなる「棲み分け」や (図1)、それが株全身で起きたような「干渉」という現象が昔から知られていた。これを農業現場に利用したのが植物ワクチンで、防ぎたいウイルスの弱毒系統をあらかじめ作物に感染させておけば、病原性のあるウイルスの感染と被害を予防することができる。

弱毒系統:病原性のあるウイルスと近縁ではあるものの、変異などにより植物に感染しても病害を起こさないか非常に弱い症状にとどまるものを弱毒系統や弱毒ウイルスと呼ぶ。

  • 図1. ウイルスの棲み分け
    A. 2色の同種同系統のウイルスは同じ細胞に同時に感染しない (緑色と赤色が重ならない).
    B. Aの拡大図.
    C. 2色の異種のウイルスは同じ細胞に同時に感染しうる (緑色と赤色が重なって黄色に見える).

植物ワクチンの例

これまでに数多くの植物ワクチンが報告・開発されており、わが国でもキュウリモザイクウイルス (CMV) やカンキツトリステザウイルス (CTV)、スイカモザイクウイルス (WMV)、ズッキーニ黄斑モザイクウイルス (ZYMV)、トウガラシ微斑ウイルス (PMMoV)などの植物ワクチンがある。(3,4,5,6)。

植物ワクチンの使用方法

おもな使用方法は二つある。ワクチン製剤を購入して苗に接種する方法と、ワクチン接種済みの苗を購入する方法である。前者はキュービオZY-02 (2008年に農薬登録)、グリーンペパーPM (2012年に農薬登録)など、後者はデルモンテ社のトマト苗などがある。複数のワクチンを混合して接種することも可能であり、CMV、WMV、ZYMVの3種のウイルスを同時に予防したキュウリ苗の作出も行われている(5)。

植物ワクチンの作用メカニズム

植物ワクチンが働くメカニズムは動物のワクチンとは異なる。動物のワクチンは弱毒化した病原体(あるいはその一部)を動物に接種すると免疫反応により体内で抗体ができ、病原体が感染しにくくなるのに対し、植物にそのような免疫反応は知られていない。
植物の場合、ウイルスが感染すると、ウイルスに由来する短いRNAの配列をもとに、あとから感染してくる近縁なウイルスを壊す「RNAサイレンシング(7)」が働く。また、ウイルス同士は植物細胞内の資源利用で競合するため、先に感染したウイルスが有利になり、後から感染するウイルスは使える資源が限られ増殖しづらくなる。これらが植物ワクチンの作用メカニズムであると考えられているが、まだ十分に解明されているわけではない。

ワクチンの強みと弱み

植物ワクチンの強みの一つは、抵抗性品種がないウイルス病に対しても有効な対策になることである。例えば、カンキツではCTVによるステムピッティング病に対する抵抗性品種がなく、ワクチンだけが頼りとなっている(8)。製剤化されているものは生物農薬に分類されており、有機栽培で使用できる点も強みである。
一方で弱みとしては、植物体ごとにワクチンを接種する必要があるため手間がかかる。また、ある種の植物では無症状のウイルスでも他の植物では症状を出す場合もあるため、伝染源とならないよう、ウイルスの特性を理解して活用しなければならない。

おわりに

植物ワクチンは施用方法やウイルスへの有効性などの点で非常にユニークな防除資材である。今後、植物ワクチンの開発がさらに進むことで、利用可能なウイルス種の拡充や一般的な普及、より詳細な作用メカニズムが解明されることに期待したい。

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ISSN 2758-5212 (online)