「適剤適所」の農薬の使い方 ―作物の生育ステージと薬剤の性質を考慮した防除体系モデルー

長崎県農林技術開発センター 小川 哲治
長崎県農林技術開発センター 菅 康弘*

*責任著者

はじめに

「適材適所」とは、その人の能力・性質によくあてはまる地位や任務を与えることを意味することわざである。農作物の病害虫による被害を抑制するための農薬には成分や剤型によって様々な種類があるが、その効果を安定させるには、ことわざの意味を言い換えるのであれば、「適した時に適した薬剤(農薬)を選択して使用すること=適適所」が大切である。本稿では、ジャガイモ疫病防除を例に作物の生育ステージと各種薬剤の性質を考慮した防除体系モデルについて紹介する。

ジャガイモ疫病防除薬剤の特性評価

一般に殺菌剤は成分の性質により予防剤および治療剤に分けられ、予防剤の成分は植物体の表面にとどまり効果を発揮するが、治療剤は成分が組織内へ浸透移行し、病原菌の感染後においても防除効果を示す(1)。
筆者らは、ジャガイモ疫病に登録のある複数の薬剤を用いて、治療効果(2)および耐雨性(3)について、それぞれ評価試験を行い、薬剤の性質によるグループ分けを行った。その結果、ジャガイモ疫病菌の感染後に薬剤散布した場合の治療剤の防除効果は、感染後1~2日後までに散布した場合に限られていた(2)。また、治療剤の多くは、耐性菌の発生を抑制するために成分の異なる予防剤成分と混合されており、各成分の組み合わせによって治療効果や耐雨性は異なっていた(2,3)。

作物の生育状況と薬剤の性質を考慮した防除体系モデル

実際のジャガイモの栽培現場では、農家は収穫作業が集中しないように植付時期を分散させるため、産地内でジャガイモの生育ステージが異なる圃場が混在している。したがって、疫病が発生した場合には、それぞれの生育ステージに適した薬剤を選択する必要がある。疫病の防除体系モデルを考える上で、茎葉伸長期に発生する場合を想定すると、安定した防除効果を得るためには感染前からの予防散布が必要である。そこで、第1回の散布を生育ステージの前半にあたる出芽揃い期(全体の8割程度が出芽)の14日後に設定し、その後は茎葉伸長完成期まで14日間隔で合計3回スケジュール散布することを基本とし、各散布時期に性質の異なる薬剤を設定し、評価した(表)(4)。

各防除体系モデルおよび対照区のジャガイモ疫病防除効果は、薬剤の組み合わせ、散布間隔によって異なっていた(図1)。図中の予防剤・7日は、出芽揃い期の14日後から予防剤Aを7日間隔で散布したもので、収穫時まで安定した防除効果が認められた。また、予防剤・14日は、予防剤Aを14日間隔で合計3回散布したもので、7日間隔と比較すると防除効果は低かった。第1回の散布に予防剤Aを使用した防除体系①および②は、第1回散布後に伸長した茎葉の薬剤の未付着部位での発病が認められ、防除効果が低下した(図1 ①、②)。
一方、第1回に浸透移行性成分を有する治療剤Bを散布した防除体系③および④は、14日間隔で散布しても新たに伸長した部位にも成分が移行し、第2回散布まで効果が持続した。各防除体系の第3回に設定した予防剤Eは、耐雨性評価試験において最も効果が安定しており(3)、第2回散布時まで発病を抑制した防除体系③および④は、第3回散布後から収穫期まで予防剤を7日間隔で散布した場合(予防剤・7日)とほぼ同等の高い防除効果が得られた。この試験結果より、ジャガイモの生育ステージと各種薬剤の性質を考慮したジャガイモ疫病の防除体系モデルを策定した(図2)。
策定した防除体系モデルでは、茎葉が伸長する時期には成分がジャガイモ組織内へ浸透移行する治療剤を選択し、伸長が停止する時期には植物体上の成分が降雨による流亡を抑制する耐雨性が高い予防剤を選択する。すなわち、ジャガイモ疫病を防除する上で最初に散布する薬剤には、予防剤ではなく治療剤が適している。

  • 表.ジャガイモの生育ステージと性質の異なる複数薬剤によるジャガイモ疫病防除体系モデル
  • 図1.各防除体系モデルのジャガイモ疫病に対する防除効果
    図中の①~④は、表の防除体系①~④を使用した場合の防除効果を示す。防除価は、薬剤無処理区と比較した場合の発病程度から算出した値で、数値が高いほど(図中では棒グラフの高さ)発病抑制効果が高いことを示す。各防除体系の対照区として、表の予防剤Aを7日間隔(試験期間中、合計5回散布)または14日間隔で散布する区(試験期間中、体系区と同様に合計3回散布)を設置した。
  • 図2.ジャガイモの生育ステージと各種薬剤の性質を考慮したジャガイモ疫病の防除体系モデル

おわりに

前述したように、栽培現場では産地内で作型を分散させる場合が多く、作物の生育ステージが異なる圃場が混在している。そのため、複数の圃場を管理する一人の農業経営者が生育ステージの異なる圃場ごとに適した薬剤を選択せずに散布した場合には、安定した防除効果が得られない危険性がある。農薬の防除効果を安定させるためには、本稿で紹介したように圃場ごとの生育ステージによって適剤適所の薬剤を選択することが大切である。本試験以降、新たな成分を有する農薬が多数開発され、一部のメーカー資料では今回紹介した防除体系モデルでの位置づけを示したものもある。本稿のような薬剤の特性評価試験や防除体系モデルについては、他の農作物、病害においても報告されている場合があるので、適剤適所な農薬の選択に迷った際には、植物医師®まで相談するとよい。

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iPlant|ISSN 2758-5212 (online)