ヒトのバイアスが植物の健全な成長を妨げる?

黎相庭園/プラントツリー・リサーチ
笹部 雄作

はじめに

植物の健全な成長、生産性の向上(あるいは省力化)という課題は、生産者だけでなく植物に関わる者なら誰もが抱える課題である。一方で、農学はさまざまな学術領域を包括し、農業生産の効率、持続可能性、環境への影響を最適化するための普遍的知を生み出す学問である。農学に蓄積された知を活用して現実の課題を解決するにあたっては、さらに別の問題が横たわっている。その一例として、ヒトの「バイアス」について考えてみる。

植物生産におけるヒトのバイアス

植物生産にあたって問題にぶつかった時、私たちは農学研究により生み出された知見と現場の状況を見比べて、解決への道筋を見出そうとする。しかしそこにはいくつかの障壁があることに気づく。解決する目的で参考にしている知見がネット上に掲載されている根拠のない情報であった場合には、解決できない可能性がある。また、目の前の問題を正しく読み解けていなかった場合には、解決につながる適切な情報は見つからないであろう。「バイアス」とは、ヒトの先入観や思考の偏りによって生じるものである(1)。画期的な知見であっても、ヒトのバイアスによって容易に歪められてしまう。
とある有名なタケノコの産地では生産者も気づかないうちにタケ類天狗巣病という、一見するとタケの花や葉の茂みに見える病害が広がり出した。しかしその事を指摘しても慣行の農法とそれまでの経験が壁となりやがて眼に見えて収量が低下してしまうこととなった。
マツタケ生産では反対に過去に古来より行われてきた松葉かきを軽視した結果、アカマツの共生菌であるマツタケにとって好ましくない土壌の富栄養化が起こって、収量が低下するという事態に至ってしまった。
農薬や遺伝子組換え作物といった社会問題になりやすい事例も、栽培方法、日照、施肥量、潅水量といった事例も、慣習や先入観により生じるバイアスによって、正しい理解や判断に歪みが生じることがある。

緑化分野におけるバイアス

私は主に樹木を対象に植物医師あるいは樹木医として活動しているが、そこでもヒトのバイアスの影響は大きい。「サクラ切るバカ、ウメ切らぬバカ」ということわざがあるが、広く世に知られているわりには、その真意はほとんど理解されていないのではないだろうか。ウメもサクラも同じバラ科樹木であり、その性質は似ているが、サクラは切るとその傷口から病原菌が感染し枯死しやすいことを意味している。他方で、ウメは剪定後の徒長枝に花芽がつきやすいため、花のためには枝を切るべきという意味が込められている。たしかに樹木は切り口から菌が進入しやすいが、それはサクラに限った事ではない。むしろサクラの多くは非常に芽吹く力が強く、剪定との相性は悪くない。このように一般常識と現実とは結構乖離していることがある。
ところで、春の代名詞であるサクラの花というとどのような色がまず浮かぶだろうか?おそらく大多数はいわゆる“ピンク色”(図A)を思い浮かべるだろう。しかし、サクラの代名詞であるソメイヨシノ、このサクラの花弁は意外と白い(図B)。

  • 図. 緑化分野におけるバイアスの例
    A. いわゆる「ピンク色」のサクラの花
    B. ソメイヨシノの花
    C. 屋久島の国道沿いで散見されたガジュマルの外観
    D. ガジュマルで認められたオキナワイチモンジハムシ

おわりに

以前調査で屋久島に向い、飛行機が着陸する寸前、海岸に沿った国道沿いに大木が枯れているのが散見された(図C)。何事かと思って現地に向かったところ、飛行機から枯れ木に見えたのはガジュマルで、調べると、枯れているのではなく、オキナワイチモンジハムシが集中的に襲い、その葉を食べ尽くし、丸裸にせんとしているところであった(図D)(2)。当時は学会でも南方性の腐朽(ふきゅう)病の一種である南根腐(ねぐされ)病などの話題でにぎやかであった時期である(3)。それが頭にあったところで、機上より斜め上から見た光景に先入観が邪魔したものであった。このような例は実に多くの方が経験しているのではなかろうか。
昨今AIを農業に活用し、スマートにあらゆる農業問題を解決せんとする試みがなされているが、いかにデジタル技術に頼ろうとも、最終的にはヒトの判断と決断に委ねられるのである。われわれがバイアスに惑わされていては元も子もない。
診断に携わる私たちも、自らの内に潜むバイアスとの葛藤を強く認識している。「この可能性はまずないだろう…」と思えるような場合でも、念のために疑ってかかるよう心がけているつもりではある。ときに周囲からはもどかしくも無駄な試みをしているように見えることがあるかもしれないが、ヒヤリハットに相通じるところもある、とても大切な問題である。
日々診断の実務に従事している植物医師ですら、診断について日々葛藤している。そのため、生産者が直面している問題について、同じ立ち位置に立って見ているのではないネットの情報や活字がそう易々と解決に導いてくれるとは思えない。もし直面している問題に気付かれたならば、一度植物医師®に相談されてはいかがだろうか。

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ISSN 2758-5212 (online)