イネばか苗病は収量に影響するか?

(株)クレハ 中央研究所
竪石 秀明

はじめに

イネばか苗病はカビ(糸状菌)のFusarium fujikuroiによるもので、水稲の重要病害である。籾に菌の胞子が付着したり、籾内に菌が入り込んだりして、それを種子に用いると伝染(種子伝染)し、育苗期から発病して、本田でも発生する。本病は図1のような伝染環を持つ。この病原菌は植物の成長ホルモンであるジベレリンを生産するため、典型的な病徴として育苗時(育苗箱)に苗が徒長する(図1, 写真1)。防除は種子消毒が主体となるため育苗期の発生に目が向けられがちであるが、本田に移植してからも発生する。本田では徒長し枯れた葉鞘上にたくさんの胞子が形成され、飛散して穂に感染し、次年度の罹病籾となるので深刻である。一方で、育苗時に発生していた徒長苗を本田に移植すると、次第に徒長苗が見られなくなり収量に影響していないように思えることがある。そこで、イネばか苗病は収量に影響するのか?種子消毒で移植後の発生を抑えられるのか?また、ジベレリンを生産しない同種の菌がしばしばイネより分離されるが、これが収量に影響するのか?などについて実験データ(1,2)をもとに解説する。

  • 図1. イネばか苗病の伝染環
  • 写真1. イネばか苗病の育苗時の典型的な徒長症状
    (イチゴパックに培土を入れて播種している。)

本田移植後の発病

徒長症状が観察しやすい矮化性品種(短銀坊主)を使って、ジベレリンの生産能力が異なるばか苗病菌をイネの開花期に接種し、感染籾をつくった(1,2)。これを播種して、育苗期から収穫期までのばか苗病の発病推移と種子消毒の効果を調べた。その結果、本田での発病推移は接種した菌株によって異なった(写真2–6)。病原性が強い菌株の接種区では徒長株は減少したが枯死株は増加し、最終的に約50%が枯死株となり、生き残った株も分げつ数が少なかった(写真3,4)。一方で、病原性が弱い菌株の接種区では徒長苗が回復して病徴が一過的に消え、枯死株も少なかった(写真5)。また、ジベレリンを生産しない非病原性菌株の接種区では枯死株も含めて病徴は観察されず、無接種区と同じであった(写真6)。
このように本田期のイネばか苗病の発病推移は、感染している菌株の病原性の強弱により大きく異なった。菌株の病原性によっては甚大な被害となるため、種子消毒によって発病を抑えることが重要である。

  • 写真2. イネばか苗病の圃場試験全景(移植後約40日後)
  • 写真3. 病原性が強いイネばか苗病菌の接種区
    枯死株が多発し徒長茎も見られるがここだけ見たらばか苗病だと思うだろうか。
  • 写真4. 早期に枯死した株は欠株となる
    徒長して倒伏した茎の節から発根して株が再生する場合がある。
  • 写真5. 病原性が弱いイネばか苗病菌の接種区
    発病が見られるが、一過性で消失する。欠株も点在している。
  • 写真6. ジベレリンを生産しない菌株の接種区
    徒長、枯死など病徴は見られない。

ばか苗病の発生推移と収量

病原菌を開花期に接種し、得られた感染籾を種子消毒なしで育苗し、育苗箱内に発生した徒長苗をすべて抜き取り廃棄したのち、残りを本田に移植し(無消毒区)、その後の発病推移と収量を種子消毒区や無接種区と比較した(表1)。発病株率は移植後15日目が23%であったが、その後の発生は序々に減少し、移植後29日以降には多くの発病株が見かけ上回復した。収量は、種子消毒区と無接種区では同等であったが、無消毒区では7割程度にまで減収した。減収の原因は枯死株や分げつ数の減少と考えられた。なお、籾千粒重や登熟歩合の差異は見られなかった。このことから、徒長苗が本田移植後にほぼ一過的に消失するような圃場においても大きく減収することがわかった。
イネばか苗病の研究の歴史は長く、多くの報告があるが収量に関する報告は少ない。1980年代の比較的古い研究では、収量への影響は大きいという報告(3)と小さいという報告(4)がある。今回紹介した比較的最近の結果(1,2)から、感染する菌株の病原性の違いが収量に影響することが分かった。イネばか苗病は種子消毒により育苗期や本田での発生を防ぐことができる(写真7)ので、それぞれの地域で推奨されている種子消毒剤や温湯消毒と生物農薬の体系処理等を使用して防除を徹底するとよい。

  • 表1. 本田移植後のイネばか苗病の発病推移と収量(引用文献1を改変して作成)
  • 写真7. 接種籾をイプコナゾール水和剤で種子処理した区
    移植後も発病は見られない。
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iPlant|ISSN 2758-5212 (online)