養液栽培における病害の診断と防除対策の基本

大阪公立大学 農学研究科
東條 元昭

はじめに

気象害を受けない閉鎖型の養液栽培施設が近年増えている。開放型に比べ、閉鎖型養液栽培は微生物が外部から侵入するリスクが低いイメージがあるが、実際には病害が発生している(1,2)。これらの病害を的確に診断することにより、適切な防除対策をとることができ、安定した養液栽培につながる(3)。

主な植物病の病因

閉鎖型養液栽培では一般に、土を使って液肥を供給する養液土耕は行われず、傾斜面に培養液を薄く流しつつ行う水耕栽培(薄膜水耕)、土を使わず養液のみで行う水耕栽培(湛液水耕)、土の代わりにロックウールを使った水耕栽培(ロックウール水耕)が利用されている。これらの養液栽培方式で発生する植物病のなかで、大きな被害をもたらしているのが、カビの仲間によるものである。とくにピシウム菌(卵菌類、Pythium菌;図1)(3)とオルピディウム菌(真菌のツボカビ類、Olpidium菌;図2)(4)による被害が多い。これらのカビは遊走子と呼ばれる鞭毛を持った小型の胞子(図2)を根の表面につくり、養液中に放出して別の根に感染する。感染した根では新たに遊走子嚢(のう)(図1, 2。遊走子を作るもととなる大型の胞子)が作られ、そこから多数の新たな遊走子をつくる(図2)。この、遊走子の感染から新たな遊走子がつくられるまでの1サイクルは1~数週間である。その過程で発病植物の根の細胞中につくられる卵胞子(図1)や遊走子嚢(図1, 2)は収穫後も残る。同じように、オルピディウム菌では根の細胞中に休眠胞子と呼ばれる胞子が作られる。これらの胞子は乾燥に強く、栽培槽や栽培プレートの表面に付着して長期間生存し、次作の伝染源となる。

  • 図1. 養液栽培トマトで発生したピシウム菌(Pythium aphanidermatum)による被害
    根の褐変(上)。褐変した根の表皮細胞中に形成された卵胞子と遊走子嚢(下)。
  • 図2. 養液栽培ホウレンソウで発生したオルピディウム菌(Olpidium virulentus)による被害
    根の白髪状の黒変(上)。感染根の表皮細胞中に形成された遊走子嚢と遊走子(下) 。

発生生態

ピシウム菌やオルピディウム菌による病害発生の程度は、栽培品目や栽培方式によって異なる(5,6)。これらのカビは色々な作物に感染するが、病気を起こさないケースもある。例えばピシウム菌はトマトやホウレンソウなどで被害をもたらすが(図1, 2)、レタスやアブラナ科植物ではほとんど発病しない。オルピディウム菌の場合、被害をもたらす作物は限定され、ホウレンソウくらいである。オルピディウム菌は土耕ではレタスにビックベイン病を起こすウイルスを媒介するが(7)、養液栽培レタスでは確認されていない。レタスは人工光利用型の養液栽培施設(多くが閉鎖型)の栽培の8割を占める養液栽培の主品目であるが(8)、ピシウム菌やオルピディウム菌による被害を受けにくい。しかし今後、ピシウム菌やオルピディウム菌による被害を受ける作物が出る可能性はある。

防除の考え方

ピシウム菌やオルピディウム菌は農耕地の根圏土壌、植物残渣、溜まり水などに潜んでいる。そのため養液栽培施設内に入り込む土ぼこりや水滴が伝染源となりうる。ピシウム菌やオルピディウム菌が施設に侵入してしまった場合には、養液循環系でつながっている栽培施設全体を(パイプや貯水槽も含め)塩素系薬剤(次亜塩素酸カルシウム等)や蒸気で殺菌するしかない(1,6)。これらのカビは枯れた植物細胞中に卵胞子(図1)、遊走子嚢(図1, 2)、休眠胞子のかたちで残存する(3,4)。胞子は枯れた植物細胞の中で空気の層で守られているため、薬剤や蒸気の効果が行き届きにくい。また、胞子を含む植物細胞が、ミリ単位以下の微粒子となって施設内外に飛散する。そして出入荷や管理作業の際に、人や貨物の出入りにともない、無菌であった養液栽培施設に侵入する。野外で苗を生産している場合、そこで使う培土に卵胞子、遊走子嚢、休眠胞子を含む根の細胞があると、苗から施設に侵入する。
ピシウム菌やオルピディウム菌による被害を回避するには、施設設計の段階で侵入経路を減らす構造にすることである。例えば、施設を陽圧にし、予備室を設け、出入り口での着替え・履き替えが丁寧に行えるスペースを確保する。出入荷時にも、できるだけ外部の空気が施設内に直接流れ込まないようにし、土ぼこりや水滴の流入も減らす。また苗床が外にある場合には、床培土に外部の土ぼこりや水滴が混ざり込まないように注意するとともに、本圃と同様の衛生環境を整える。さらに苗の移動の際には水や土ぼこりが付着しない動線を確保する。設計段階から病害対策に経費を投じることは、生産者に経営上の負担を強いるが、結果的に栽培を長期にわたって安定させ、栽培品目も広げられる。

引用文献

  1. 草刈眞一 (2009) 「養液栽培の病害と対策―出たときの対処法と出さない工夫」 農文協.
  2. 岡部勝美 (2018) 「ホウレンソウ・NFT・周年栽培(養液栽培実用ハンドブック)」 誠文堂新光社.
  3. 東條元昭 (2011) 「総論:ピシウム菌の病原菌としての特徴」 植物防疫 65: 72–76.
  4. 西村幸芳・草刈眞一・村井和夫・野見山孝司・東條元昭 (2019) 「養液栽培で発生したホウレンソウオルピディウム根腐病(新称)」 日植病報 85: 72. (講要)
  5. 草刈眞一 (2011) 「養液栽培におけるPythium 根腐病の発生生態と防除」 植物防疫 65: 82–87.
  6. 東條元昭 (2020) 「水耕病害の診断と防除」 日本施設園芸協会.
  7. 野見山孝司 (2016) 「レタスビッグベイン病を媒介するOlpidium virulentus」 微生物遺伝資源探索収集調査報告書 25: 77–81.
  8. 日本施設園芸協会 (2016) 「大規模施設園芸・植物工場 実態調査・事例集」
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iPlant|ISSN 2758-5212 (online)