鳥獣被害対策の難しさ(2 麻酔銃によるクマの捕獲)

レター
                                                             
静岡県農林技術研究所伊豆農業研究センター
片井 祐介

クマは、ハクビシンやアライグマと同程度の年間4億円程度の農業被害があり、被害対策が行われていたが、今年(2023年)の秋は農業被害だけでなく人的被害が極めて多い。この理由として、山中のドングリ不作や餌となる人家の放棄果樹など様々な要因が挙げられているが、クマによる被害は現状では捕獲以外の方法で防ぐことは難しい。一方、殺処分を伴う捕獲に対して、一般市民から自治体や猟友会などに抗議の電話が多く寄せられており、その中には「麻酔で捕獲して山に返せ」との意見も多い。しかし、町に出没するクマを麻酔銃で捕獲することは、現在の法律上ほぼ不可能である。また技術的にも相当な困難を伴う。今回は、町に出没するクマを麻酔銃で撃つことがなぜ困難であるのか、法律面と技術面から説明する。

法律上の問題

捕獲の条件は、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」に定められており、その38条で住宅が集合している地域(判例では半径200 m以内に10軒程度の人家がある地域が目安)での発砲が、装薬銃(ライフルや散弾銃など火薬を用いて発砲する銃)や空気銃、麻酔銃など銃種を問わず、原則として禁じられている。例外として「麻酔銃猟」は可能だが、都道府県知事の許可が必要となる。
ただし、住宅地での麻酔銃猟は、原則としてニホンザルを対象としており、クマについては許可されていない。その理由として、クマは麻酔が効果を発揮するまでに時間を要したり、発砲により興奮したりすることによって人的被害が生じる可能性が高まるからである。そのため、安全性を担保することができるのであれば許可を受けることも可能であるが、クマの捕獲でその要件を満たすことは相当困難である(1,2)。罠で捕獲されたクマを麻酔銃で眠らせてから放獣することはあるが、これも住宅地では許可されていない。また、住民等に危機が切迫して、他に取り得る方法がなければ刑法37条の規定により発砲もできるが、その場合も麻酔銃は該当しない。
麻酔薬の扱いについても規制があり、現在主流である塩酸ケタミンを扱うためには都道府県知事が許可する「麻薬研究者」の資格が必要である。捕獲など正規の目的があれば資格は取得できるが、麻酔薬の保管や利用、処理を厳重に管理する必要があるため、簡単には取得できない。

技術上の問題

麻酔銃の構造は麻酔の入った注射器を空気圧で発射し、薬液を体内に注入する形状となっている(図1)。そのため、通常の装薬銃に比べると初速が遅く、風の抵抗などを受けやすいために有効射程距離が数十mにとどまり、風の影響で目的とする場所に当てることは難しい。また、動物との距離に応じて空気圧を調整しなくてはならず、罠にかかり動けない状態であれば対応できるが、動いている個体に命中させることは極めて困難である。麻酔を効果的に効かせるためには、注射器を動物の腕や腿付近に命中させることが重要で、麻酔銃専門の訓練と熟練した技術が必要となる。
一方、麻酔薬として使用されている塩酸ケタミンは動物の体重に合わせて適切な薬量を打たなければならない。薬量が多いと死亡する可能性があり、少ないと麻酔の効果が発揮されない。そのため、動物を見ておおよその体重を推定し薬量を決める熟練した技術が必要となる。そして、適正な量の麻酔を打つことができても効果を発揮するまでに数分の時間を要する。手術などで全身麻酔を経験したことがある人は、麻酔は一瞬で効くと思われるかもしれないが、この塩酸ケタミンという薬物は即効性がないので、興奮状態になると通常の量では麻酔が効かずに暴れてしまうことも多々ある。そのため、クマのような大型の獣に対して麻酔銃だけで対抗することはかなりの危険を伴うのである。

本稿では、町に出没するクマを麻酔銃で撃つことがなぜ困難であるのか、法律的、技術的な面から説明した。現在(2023年12月)、出没が多い地方から国へ法律的な改正要望があげられており、近い将来は法律上の問題は解消されるかもしれない。しかし、技術的な問題として麻酔銃の構造や麻酔薬などが飛躍的に改善されない限り、麻酔銃の捕獲により町に出没するクマの課題が解決することは難しいと考える。

  • 図1. 麻酔銃によるシカ捕獲
このページの先頭へ戻る
iPlant|ISSN 2758-5212 (online)