病害虫か否か ~病害虫ではなかった診断事例から学ぶ~

植物医師
内橋 嘉一*

はじめに

生育不良の農作物の診断において病害虫でないケースは多い。兵庫県病害虫防除所の2016年~2018年の診断事例では、病害虫が要因であった割合は41%で、半数以上の59%が病害虫以外の要因であった(表1)。依頼した生産者の関心事は「病害虫か否か」。病害虫が原因であった場合、速やかに農薬などで防除対策を行う必要が生じることが多いためだ。
そこで、病害虫か否かの判断に活かすため、筆者が経験した診断事例の中から病害虫ではなかった事例を2つ紹介する。

  • 表1. 診断依頼に占める病害虫が原因のケース

レタスの事例

施設栽培のレタスで、生育の停滞症状が3月に発生した。生育が進むにつれてその症状は徐々に目立つようになった。診断依頼シートの情報によると、生育不良株は定植日に係わらず圃場内に点在し、連続性や規則性はなく周辺株への拡大はみられないとある。
依頼検体のレタスは生育が不良であるが、根は白く健全で葉の異常も見られない(図1A)。地際部は茎内部の褐変は見られないが、表皮近くの組織が褐変し、健全株と比較して細くなっている(図1B)。地際部が褐変し、細くなっていることが生育不良の原因と考えられたため、生産現場での聞き取りと見取りを行った。
その結果、育苗時の風が苗を倒し、やや伸びた胚軸にくびれを生じさせていた(図2A,B)。育苗トレイ端部分にある苗が倒れた時に育苗トレイ表面に接触し、胚軸がくびれ、この苗を定植したことにより本圃で生育不良が発生したものと見られた。
この事例では、①病徴や食害痕が見られなかったこと、②圃場内で点在しており周辺株への拡大が見られなかったこと、③施設での越冬栽培であり該当する病害虫がなかったこと、から病害虫以外の障害を疑った。

  • 図1. レタスの生育不良症状
    A. 根は白く病徴は認められない
    B. 地際部が細くなっている
  • 図2. 苗の状況
    A. セル苗は胚軸がやや伸びた状態
    B. セルトレイ端の株に発生した胚軸の傷

アスターの事例

9月上旬に施設で栽培していたアスターの葉に、シミのような薄い褐色斑点が発生したことについての診断依頼があった。症状は8月に初発し、徐々に目立つようになった(図3A,B)。被害部分から菌泥やカビは観察されず、イムノストリップを用いた各種ウイルスの診断でも陰性であった。また、アザミウマやアブラムシなどの微小害虫が加害した痕跡もなかった。
このような症状がみられる生育不良株では、一様に下葉から症状が生じており、葉の生育ステージもほぼ同一で、集団(群落)で発生していた(図3C)。高温期の8月の施設内で初発したことから病害の可能性は低いと考えられた。
そこで、農薬散布の履歴を聞き取ったところ、初発前後に複数回の防除を行っていた。薬害を検討するため、文献検索するとA剤のアスターに対する薬害の報告があった(1)。このため、担当普及指導員が高温条件での薬害の再現試験を行ったところ、同様の症状が再現された。
この事例では、①病徴や食害痕が見られなかったこと、②群落全体で同じ葉位に症状が出ていたこと、③初発した8月の施設栽培で、葉の褐色斑点を生じる病害の該当がなかったことから薬害を疑った。

  • 図3. アスターの黄化症状
    A. 下位葉に黄化が見られる
    B. 黄化症状が発生した葉のステージは一様
    C. 群落内の複数株の下位葉に黄化症状が一様に発生

おわりに

筆者は病害虫かどうかを判断するために、まず、発生時期と栽培方法に注目する。特定の病害を除き、厳寒期や盛夏期は病害が原因ではないケースが多いためだ。環境を制御できる施設栽培で、特にその傾向がある。次に注目するのは、生育不良株から周辺への症状の拡大である。病害虫が原因であれば周辺に拡大することが多く(2,3)、防除していてもひとつの葉、株及び群落内で拡がった痕跡があるはずである。
一方、初発株の症状が徐々にひどくなっているように見えても、隣接株には影響がない場合や症状が株内の特定の部位に偏在しており、同様の症状が群落内で多く見られる場合は薬害や生理障害を疑う。
今回紹介したように、農作物の診断は病害虫ではないケースがあり、原因は多岐にわたる。生産者は、農作物の生育不良を発見した際には、①初発の時期や発病状況から想定される病害虫を検討し、病勢進展等の仮説を立て、②それを基に初発部位(場所)から周辺への拡大を注意深く観察することが重要だ。
これらの検討の結果、病害虫が原因と考えられ、かつその原因が不明である場合、生産者は病害虫の専門家に相談することになる。その際、専門家が正確で迅速な診断をするためには生産者が発生状況等の情報を検体に添えることが重要となる。専門家は持ち込まれた検体から病害虫を検討するのみならず、発生状況から病害虫ではない可能性も想定して診断を進める場合が多いからだ。

(*兵庫県立農林水産技術総合センター)

引用文献

  1. 中村靖弘ら(1999)「新規薬剤により小輪系アスターに発生した薬害事例」関東東山病害虫研究会報 46:159-161.
  2. 眞山滋志・土佐幸雄 編 (2020) 「植物病理学第2版」文永堂出版 p.149.
  3. 難波成任 監修・執筆 (2022)「植物医科学」養賢堂 p.128.
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iPlant|ISSN 2758-5212 (online)