現場ですぐできる!植物ウイルス簡易診断キット

茨城県農業総合センター病害虫防除部
小河原 孝司*
茨城県農業総合センター園芸研究所
岡田 亮
*責任著者

はじめに

近年、ダニやコナジラミ、アザミウマなどの微小害虫が媒介する植物ウイルス病の被害が増加している。主な症状は、モザイク、えそ、輪紋、萎縮、奇形など様々で、収量や品質を低下させる。ウイルス病は特効薬がないため、感染植物を発見したら、できる限り早く抜き取って処分することが感染拡大の防止につながる。そのため、早期診断が極めて重要となる。しかし、病徴から判断することは難しい。生産者や普及センターなどでは、被害を最小限に抑えるため、迅速な診断を必要としている。本稿では、これまで一般的に行われてきた診断法を概説したうえで、茨城県で開発した新たなウイルス簡易診断キットについて紹介する。

現地で発生するウイルス病の診断手順

著者らが働いている公設機関では、栽培現場でウイルス病と思われる症状が認められた場合、まず圃場診断(下記1))を実施し、ウイルス病の可能性が高いと判断された場合は、診断個体からのウイルス検出(下記2))を行っており、ウイルス病の正確な診断には時間と手間がかかる。

1)圃場診断(実施者:普及センター等の職員)
 発生状況、媒介虫となりうる害虫の発生状況、生理障害の可能性、初発生の時期や過去における同症状の発生状況等を生産者から聞き取り、その結果をサンプルと一緒に研究所に提出する。

2)診断個体からのウイルスの検出(研究所の職員)
 (a)植物への接種による生物検定
  ナス科植物(タバコ、ペチュニア等)、マメ科植物(インゲン、ササゲ等)などの植物(検定植物と呼ばれる)に疑われる植物をつぶした汁液をこすって接種試験(生物検定)を行い、その植物の反応によりウイルスかどうか判断する。
 (b)電子顕微鏡によるウイルス粒子の観察
  透過型電子顕微鏡を用いてウイルス様粒子の有無を調べる。
 (c)血清学的手法(ウイルス抗血清)を用いた診断
  ウイルスに結合するウイルスの抗体を利用して診断する。
 (d)PCR法やLAMP法による遺伝子診断
  ウイルスの遺伝子を増幅する技術を利用してウイルスの有無を検査する。PCR 法、LAMP法などがあり、以上の方法より感度が高い。

迅速診断のための課題

ウイルス病の診断には迅速性と正確性が求められるため、近年では血清学的手法または遺伝子診断がよく利用される。特に、様々なウイルスに対応した海外製のイムノクロマトキットを使用することが多い。しかし、市販のイムノクロマトキットでは対応していないウイルスの感染が疑われる場合は、PCRによる遺伝子診断を実施する必要があるが、高価な機材、器具、試薬などが必要であり、診断に最短でも2~3日は必要である。また、診断にかかる作業量や時間が増える。そこで本県では、診断依頼が多く、イムノクロマトキットが市販されていないウイルスについてイムノクロマトキットの開発に取り組んできた。以下に、トマト黄化葉巻病(図1)を引き起こすトマト黄化葉巻ウイルス(tomato yellow leaf curl virus: TYLCV)の診断キットの事例について述べる。

  • 図1. トマト黄化葉巻病の症状(左:発病の初期に見られる葉の退緑症状、右:生長点付近の黄化・萎縮症状)

トマト黄化葉巻ウイルス簡易診断キット

本診断キットは、TYLCVに対する抗体を用いたイムノクロマト法により、感染が疑われる植物の部位(葉柄、葉、花等)からウイルスを検査するもので、茨城県農業総合センター園芸研究所(以下園芸研究所)と企業との共同研究により開発・商品化されたものである(1, 2)。
検査キットには10検体分の試験紙と、サンプル調整のための摩砕袋およびスポイトが添付されている(図2)。

  • 図2. トマト黄化葉巻ウイルス簡易診断キット
    商品構成:10回用(5回用×2袋)(図は文献1.より引用)

キットによる検査方法

検査方法を図3に示した(1)。TYLCV 感染の疑いのある植物体の葉柄を袋に入れて摩砕する。摩砕液をスポイトでテストストリップに滴下すると、約5~30分でラインが現れ、2本のラインが現れれば陽性、1本だと陰性と判断できる。 現地圃場のトマトを検定した結果を表1に示した(1)。大玉、中玉、ミニトマトにおいて広くTYLCVを検出できるとともに、TYLCV のイスラエル系統(TYLCV-IL)、マイルド系統(TYLCV-Mld)の両方を区別なく検出できる。また、感受性品種だけでなく耐病性品種においてもTYLCVを検出できる(表1)。このことから、本診断キットは品種やウイルスの系統によらず現場での迅速診断に有効である。

  • 図3. キットの検定手順
    (図は文献1.より引用)
  • 表1. 現地診断サンプルを用いたキットの有効性の検討(表は文献1より引用)

おわりに

イムノクロマトキットを使えば、専門の機器や技術がなくても圃場でのウイルス診断が可能であり、陽性の場合には早期に抜き取って処分することにより感染拡大の防止に役に立つ。園芸研究所では、TYLCV以外にも、市販品のなかったウリ類退緑黄化ウイルス(cucurbit chlorotic yellows virus: CCYV)、パパイア輪点ウイルス(papaya ringspot virus: PRSV)、スイカモザイクウイルス(watermelon mosaic virus: WMV)に対するイムノクロマトキットを開発・市販化している(2)。本県では、指導機関に海外製のイムノクロマトキットに加え、これらの開発したイムノクロマトキットを配備することで、現場でのウイルス診断が可能になっている。また、病害虫防除所の発生予察調査にも活用され、ウイルスの発生・防除情報のいち早い発信につながっている。今後、多くの生産現場においてこれらの簡易診断キットが活用され、防除に役立つことを期待したい。

簡易診断キットの使用方法、価格、保存方法等については、引用文献2.を参照されたい。

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ISSN 2758-5212 (online)